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毛細血管拡張性運動失調症

【監修】
東京医科歯科大学
森尾 友宏先生

はじめに

Ataxia telangiectasia(以後ATと省略)は「毛細血管拡張性小脳失調症」と訳されている。頻度は高くないが、幼児期からの小脳失調症で鑑別すべき重要な疾患である。毛細血管拡張は遅れて出現するが、進行性の小脳失調症に加えて、高頻度の悪性腫瘍発生、免疫不全症が臨床上問題になる。また内分泌異常症など多臓器に亘る障害が進行性に認められる疾患である。
発症頻度は欧米では40,000~100,000人に一人とされている。従って保因者は100名から160名に1人程度であると推測される。責任遺伝子は11番染色体上のATM (Ataxia telangiectasia mutated)であり、常染色体劣性の遺伝形式をとる。
本疾患については厚生労働省難治性疾患克服事業の中で班研究が立ち上がっており、またA-T Children’s Projectとの協力の中で、日本版AT Children’s Projectのホームページが立ち上がっており、疾患に関する詳しい情報を得ることができる。

原理

ATはATM遺伝子の異常によって発症する遺伝疾患である。ATMはDNA損傷修復反応(DNA damage response: DDR)、特に二重鎖DNA(double strand DNA: dsDNA)切断修復に重要な役割を果たす分子であり、生体にとって危害の大きいdsDNA切断に際して活性化し、下流の様々な鍵となる分子をリン酸化することにより、細胞周期を制御し、DNA切断修復あるいはアポトーシスに関与する。
dsDNA切断は、Mre11/Rad50/NBS1(MRN複合体)によって感知され、ATMを損傷の場に誘導する。ATMはMRN複合体をリン酸化すると共に、Chk2, SMC1, p53などの分子をリン酸化して、ダメージの加わった細胞周期や、刺激の種類に応じて、さらに細胞周期停止、非相同DNA末端結合、相同組換え、細胞死などを誘導する。
DNA損傷は電離放射線、紫外線、薬剤などの外的要因のみならず、日々の細胞代謝(活性酸素産生、複製停止など)において観察される。実際に1日に1つの細胞において10,000のプリン残基が欠失しているとされる。dsDNA切断の回数はさらに少ないが、細胞分裂や、遺伝子再構成・体細胞突然変異など免疫学的多様性を生み出す機構において必須で、都度DDRが行われることになる。
ATMはこのように、DNA損傷の際に発動・活性化し、腫瘍化のバリアとして働いているので、その欠損は高頻度悪性腫瘍発生という表現型として観察される。またV(D)J再構成、免疫グロブリンクラススイッチにおいても、ATMがシナプス形成や切断修復に関与するために、リンパ球発生やCSRに関与することが予想される。一方免疫グロブリン体細胞突然変異には不可欠でないことも示されている。
臨床上最も大きな問題である小脳失調に関しては、Purkinje細胞の異常が認められるものの、なぜ小脳に比較的特異的に症状が出現するのかは未だに解決されていない。ATM欠損マウスで明らかな小脳失調が現れないことも研究の進展を阻んでいるといえる。

特徴・症状

全国調査では今のところ100名近い患者の存在が明らかになっているが、おそらくその10倍近い患者数がいるものと考えられている。

  1. 1.発症年齢、診断年齢(疾患名にとらわれると診断が遅れる)
    全国調査によると、小脳失調は中央値18ヶ月(8ヶ月~5歳6ヵ月)で明らかになっている。一方、毛細血管拡張は6歳8ヶ月(1歳8ヶ月~13歳6ヵ月)に観察されている。診断は6歳9ヶ月(11ヶ月~24歳6ヶ月)時になされているが、おそらくは毛細血管拡張とあわせて臨床診断となっているものと思われる。
    毛細血管拡張は半数が6歳以上となってから明らかになることに注意すべきであり、Ataxia telangiectasiaという疾患名に捕らわれると診断時期が遅くなり、X線撮影や悪性腫瘍に対する化学療法などに際しての注意が行えなくなる可能性がある。2歳以降の小脳失調症でα-FPが高値であれば、ATを積極的に疑う必要がある。
  2. 2.神経症状
    全例で体幹失調などの小脳失調症状を認める。眼球失行(apraxia)も明らかである。舞踏病も3割程度で認められ、ジストニアが認められることもある。小脳失調のみではないことに注意を要する。神経症状からの誤嚥性肺炎は生命予後に直結する問題である。
  3. 3.悪性腫瘍
    AT患者が罹患する悪性腫瘍の大部分はリンパ腫や急性リンパ性白血病である。AT患者のこれらの悪性腫瘍は年齢にかかわらず発症するが、特に10歳を過ぎるとより発症しやすくなる傾向にある。化学療法は有効であるが、副作用に注意が必要である。それ以外の固形腫瘍の発症も認める。
  4. 4.感染症
    ATではT細胞数が減少することが多いが、日和見感染症は稀とされており、実際に感染症は神経症状が進んでからの誤嚥性肺炎など細菌感染症が前面に立っている。また、持続性EBV感染症、難治性VZV感染症、ヘルペス脳炎などヘルペス属感染症が重症化することがある。CMV感染症、カリニ肺炎、真菌感染症は稀だが、早期からの細菌感染症などにマスクされているだけの可能性もあり注意が必要である。
  5. 5.免疫異常
    ATではほぼ2/3でCD3+, CD4+, CD20+細胞の減少が認められる。CD4+CD45RA+ naive T細胞の減少も特徴的である。T細胞減少を反映してTREC(T cell receptor excision circle)は全例で低下している。
    低γグロブリン血症は15-20%、低IgA血症(<50mg/dL)は30-40%程度で認められる。免疫異常は進行性ではなく、持続する。
  6. 6.その他
    糖尿病、性成長異常などの内分泌異常や白髪を認めることがある。

診断

小脳失調症状とα-FPの上昇を認めれば、ATを疑う。IgA低値を伴えば、さらに疑いが強くなる。前述のように毛細血管拡張は50%が7歳前後までに認められるに留まる。従って疾患名を離れ、毛細血管拡張がない段階でATと診断することが、患者がX線曝露を避け、様々な予防措置をとるためにも重要である。臨床的な診断基準を表1に示す。
確定診断はATM遺伝子解析による。ATMは66のexonからなる長大な遺伝子であり、ATMの変異はintron領域にも多いため、その塩基配列決定には多大な労力を必要とする。現在はPIJDを通じてかずさDNA研究所・理化学研究所にて解析が可能である。
有意な遺伝子変異かどうかを判断するためにも、Westernblot法によるATMタンパク(3,056アミノ酸からなる)の確認も重要である。当施設ではT細胞をin vitroで増殖させるか、あるいはEBV-LCLを作成して、ATMタンパクの存在とサイズを検討している。この際にはATR, Mre11, Rad50, NBS1, Ku70/80, DNA-PKcsも解析し、類似疾患を否定することも重要である。
最近、電離放射線照射あるいはH2O2刺激後のリン酸化ATMをFACSで測定する系も立ち上げている(Leukemia, 2010)。この方法は簡便で、サンプルがあれば(現時点では増殖T細胞あるいはEBV-LCL)半日以内に結果が出るのみならず、hetero異常も検出可能である。スクリーニングとしては最適の方法と考えている。

治療法

現在のところATに有効な治療方法はなく、進行を遅らせる方法もない。大半の治療は、症状の部分的緩和に対するものとなっている。理学療法、作業療法、言語療法は、現在可能な機能を保つために重要である。また、IgGが低下する症例ではγグロブリンの補充が必須である。
ATにおいては予防も重要である。すなわちX線などへの曝露は最小限とし、DNA損傷を極力避けることが重要である。抗酸化薬であるN-acetyl cyteine (NAC)やビタミンCの摂取が一部の症状を緩和させるとの期待があり、また少量ベタメタゾンが運動失調改善に有効との報告もある。後者については現在国内において臨床試験が行われている。また、exon skippingをブロックするantisence morpholinoによる治療、readthroughを狙った治療などに期待が寄せられている。

表1 ATの診断基準(AT Children’s Project HP )
http://www.communityatcp.org/NETCOMMUNITY/Page.aspx?pid=590&srcid=588より改変)

[症状]

  1. 1.歩行開始と共に明らかになる歩行失調(体幹失調):必発症状
    徐々に確実に進行(2歳から5歳までの間には進行がマスクされることもある)。
  2. 2.小脳性構語障害・流涎
  3. 3.眼球運動の失行、眼振
  4. 4.舞踏病アテトーゼ(全例ではない)
  5. 5.低緊張性顔貌
  6. 6.眼球結膜・皮膚の毛細血管拡張
    ←6歳までに50%、8歳時で90%があきらかに。
  7. 7.免疫不全症状(反復性気道感染症)
    ←30%では免疫不全症状を認めない。
  8. 8.悪性腫瘍:発生頻度が高い。
  9. 9.そのほか(認めることがあるもの):
    発育不良
    内分泌異常(耐糖能異常:インスリン非依存性糖尿病)、
    皮膚、頭髪、血管の早老性変化

[検査データ]

  1. 1.αフェトプロテインの上昇(2歳以降:95%以上で)
  2. 2.CEAの増加(認めることがある
  3. 3.IgG (IgG2), IgA, (IgE)の低下(70%で)
  4. 4.CD4細胞中CD4+CD45RA+細胞の比率の低下
  5. 5.そのほか:
    電離放射線高感受性
    リンパ球、線維芽細胞の染色体異常 
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