HOME > ドクターインタビュー > vol.05 森尾 友宏 先生
将来について、
よりよい治療法について、
患者さんとともに悩み考えていきたい
東京医科歯科大学大学院発生発達病態学(小児科)
准教授
森尾 友宏 先生
2010/05/30UP
分類不能型免疫不全症や毛細血管拡張性小脳失調症の
研究が特徴
東京医科歯科大学の原発性免疫不全症候群患者さんは、定期的に通院している方が78名(表)、不定期に来院する方が20名ほどで、全国の施設でもかなり多い方だと思います。
その理由の1つとして、原発性免疫不全症候群のひとつである分類不能型免疫不全症という病気の成人患者さんをお引き受けするようになったことがあげられます。
分類不能型免疫不全症はさまざまなタイプの免疫不全をもつ患者さんが含まれており、それぞれの原因を明らかにしていく必要があります。
【表:東京医科歯科大学の原発性免疫不全症候群の患者さん】
病気の種類 | 人数 |
---|---|
X連鎖無ガンマグロブリン血症 | 7名 |
B細胞欠損症 | 2名 |
IgA欠損症 | 2名 |
分類不能型免疫不全症 | 31名 |
重症複合型免疫不全症 | 5名(移植後5名) |
X連鎖高IgM症候群 | 4名(移植後4名) |
慢性肉芽腫症 | 3名 |
重症性好中球減少症 | 2名(移植後1名) |
高IgE症候群 | 2名 |
ウィスコット・アルドリッチ症候群 | 9名(移植後7名) |
毛細血管拡張性小脳失調症 | 2名 |
慢性皮膚粘膜カンジダ症候群 | 3名 |
NEMO異常症 | 1名 |
X連鎖リンパ増殖症候群 | 1名(移植後1名) |
シュバッハマン・ダイアモンド症候群 | 1名 |
免疫調節異常症 | 2名 |
周期性発熱症候群 | 1名 |
合計 | 78名 |
2010年3月現在
私たちは昨年、厚生労働省難治性疾患克服事業の中で分類不能型免疫不全症の研究班を立ち上げ、この病気に特化した研究を行う体制を整えています。また毛細血管拡張性小脳失調症という、免疫不全症らしからぬ病名の病気についても、教室の水谷教授が研究班を立ち上げて研究しています。この病気の特徴はリンパ腫などの血液腫瘍を起こしやすい点で、発癌のメカニズムを知る上でも重要な研究になると思っています。原発性免疫不全症に対する造血幹細胞移植の施行数が多いのも、当院の特徴です。
専門病院では、診断・治療に加えて情報収集も
原発性免疫不全症候群の診療でもっとも重要なのは、早期診断です。早期に正しい診断を下すことができれば、その病気に合わせた、よりよい治療法が選択できます。それにより、たとえば移植が必要な方はできるだけ良い状態を保って移植にもっていき、移植が必要ない方は、ガンマグロブリン補充療法をうけることにより、合併症や後遺症を起こさずに成人まで過ごすことが可能です。原発性免疫不全症候群か否かの診断は、さほど難しいことではありません。適切な病歴聴取と身体診察を行い、血液検査で白血球や好中球の数および免疫グロブリンを測定すれば、原発性免疫不全症候群を疑うことが可能です。
原発性免疫不全症候群が疑われたら、専門病院で詳しい検査を受けて病気のタイプを判定します。感染症を繰り返しているような方は、ぜひ一度検査を受けていただきたいと思います。その後は、普段は近くの病院で治療を受け、3ヵ月~半年に1回は、専門病院を受診するのが、もっとも現実的です。専門病院は、詳しいチェックを受けるだけではなく病気に関する情報収集の場としても利用できます。
患者さんと一緒に、ベストな治療について考えていきたい
これまで、原発性免疫不全症の診療に携わってきて感じるのは、患者さんやご家族は、やはり将来のことを一番気にかけているということです。今はガンマグロブリン補充療法でよい状態が保たれているけれども、将来的にはこのままで大丈夫なのか、と。確かに、原発性免疫不全症の中には原因が分かっていない病気も少なくありませんし、ガンマグロブリン補充療法で維持していくべきか、造血幹細胞移植をするべきか悩むことも少なくありません。そんなときでも、診療をしながら患者さんと一緒に原因を突き止め、その時々でベストと思われる方法を考えていきたいと思っています。また、将来可能になりそうな治療法についてもお話ししています。たとえば遺伝子治療は、海外臨床試験で白血病が発生したため、日本では開発が止まってしまっていますが、海外では、より安全性を高めた遺伝子治療が積極的に行われています。
また発生した白血病も、すべて抗癌剤治療により治癒していますので、これらを考え合わせると、将来は他に方法のない患者さんの重要な選択肢となり得る治療法だと思います。また基礎研究の段階ではありますが、私たちは、原発性免疫不全症の中で細胞の中にある蛋白質が欠けていることによって起こる病気に対し、外から欠けている蛋白質を補充する、蛋白治療の研究も進めています。これは病気を完全に治す治療ではありませんが、移植などを行う前に、体調をよい状態に保つための治療として有望だと思っています。これから臨床試験が始まるものとしては、ガンマグロブリンの皮下注射があります。これまでは、通常3~4週に1回、病院で点滴を受けなければならなかったのですが、皮下注射は糖尿病のインスリンと同様、自己注射ができるようになり、通院の負担が大きく軽減されます。患者さんは、これらの治療法に期待していただきたいと思います。
この病気になったのは偶然に過ぎない。遺伝についての正しい知識を
もうひとつ、患者さんやご家族が気にされるのは、遺伝の問題です。中には、お子さんがこのような病気にかかったことをご自分の責任のように感じているご両親もいらっしゃいます。でも、決してご両親の責任ではありません。人間の遺伝子の数はおよそ2万3千といわれており、ほとんどの遺伝子が2対1組になっています。遺伝子には、遺伝情報がびっしりと書き込まれています。原発性免疫不全症の患者さんはいくつかの遺伝子で、書き込まれた遺伝情報に間違いが起きていることがわかっています。でも実は、情報に間違いが起こることは、決して珍しいことではなく、誰もが、書き間違えられた遺伝子をもっています。ただ多くの人は、たまたま対になったもう1つの遺伝子が正常であったり、たまたま書き間違いが起こった位置が原発性免疫不全症に関係する遺伝子ではなかったりするために、この病気にかからなかったに過ぎません。ぜひこのことを理解していただきたいと思っています。
私は以前、非常に重症の重症複合型免疫不全症で、移植後 2ヵ月ほどで亡くなられた生後10ヵ月ほどの患者さんを経験しましたが、ご両親が非常に前向きで、その後2人目のお子さんをもうけられました。もちろん私たちは、生まれて来るお子さんが原発性免疫不全症である可能性を考え、すぐに対処できるよう準備を整えていたのですが、幸いにも病気ではなく、現在でも元気に暮らしています。患者さんやご家族は、不安なことがあったら遠慮なくご相談いただき、遺伝子診療外来や専門医の知識も積極的に活用していただきたいと思います。